カリブの島国バハマに生まれ育ったバディ・ヒールドは、監視環境の中から世界最高峰の舞台に立つNBA選手に成り上がったスターです。その明るい性格や根気強い練習スタイル、そしてファンやチームメイトへの思いやりで知られるバディは、周囲からも非常に愛される選手です。今回は彼の半生を追いかけていきます。
生い立ちと家族の支え
チャバノ・レイニアー・ヒールド(Chavano Rainier “Buddy” Hield)は1992年12月17日、バハマのフリーポートという小さな町で生まれました。母親のジャクリーンさんはシングルマザーで、7人の子供を抱えながら日々の生活を支える為に育児に仕事に励んでいました。幼少期のバディは、バスケットボールをするために必要な道具を大切に扱い、ストリートコートで毎日遅くまで練習を続けていました。全てはバスケットボールで成功するためだったのです。
バディは常に家族への愛を口にしており、母や兄弟たちがお互いを支えていくためにどれだけの犠牲を払ってくれたかを述べています。特に母親のジャクリーンさんとの絆が深いことで知られており、 「母は僕のヒーローだ。どんな困難に立ち向かっても家族を支えてくれた」と語り、彼のキャリアは母親への感謝の気持ちが原動力になっています。
兄弟たちとの関係も深く、バディは家族みんなが支えてくれたといます。NBAプレイヤーとして成功した今でも、定期的に家族全員に会いに行き、彼らに恩返しをすることを大切にしています。 バディは初めてNBAの給料を受け取ったとき、その一部を家族に送り、母親には新しい家をプレゼントしたそうです。彼は「家族の笑顔を見ることができ、自分にとって最高の報酬だ」と言い、彼の謙虚で思いやりのある性格が垣間見えます。この深い家族愛が、彼の成長の支えとなり、NBA入りを目指して強いモチベーションになっていたのです。
学生時代とアメリカへの移住
中学生の頃、バディはその才能を発揮し始めます。身長が徐々に伸び、身体もバスケ向きに成長していく中で、地元のコーチたちも彼のプレーに注目していったのです。バハマの限られたバスケットボール環境では、十分に成長する機会がないと感じていたバディは、この頃からアメリカでのバスケットボールキャリアを真剣に考え始めます。
そして高校に上がる時に、アメリカのカンザス州ウィチタにあるサンライズ・クリスチャン・アカデミーに進学。慣れない環境に当初は戸惑いもあった様ですが、彼はどこでも明るく前向きな性格を発揮し、周囲とすぐに打ち解けました。当時のコーチは「彼はいつも笑顔で、失敗を恐れずにチャレンジする。そんな彼の姿勢が、周囲に良い影響を与えていた」と語っています。バディにとって競争力の高いアメリカの舞台で、そしてバスケットボール強豪校で実力を証明するためには最高の環境だったのです。
彼は持ち前の得点力と負けず嫌いな性格で急成長を遂げ、特にシューティングガードとしての能力を磨いていきます。シニアシーズンには、平均22.7得点というスタッツを記録し、特にその3ポイントシュートの精度と、体を張ったディフェンスプレーは高校時代から注目で、リーダーシップも発揮していました。この活躍により、複数の大学からのオファーを受け、最終的にオクラホマ大学への進学を決断したのです。
カレッジ時代の覚醒:オクラホマ大学での活躍
オクラホマ大学では、1年生の時から出場機会を獲得して、持ち前のスコアリング能力でチームに貢献していきます。また最近では珍しく大学に4年間通ったNBA選手となったのです。
1年生シーズン(2012-2013)
バディの大学1年目は、主にバックアップとしての役割でしたが、平均7.8得点、4.2リバウンドという堅実な成績を記録しました。 試合ごとに成長を見せ、特に外角からのシュートがチームの大きな武器となり、彼のスコアリング能力が頭角を現し始めます。
2年生シーズン(2013-2014)
2年目になると、バディはチームの主要な得点源に成長し、平均16.5得点を記録。 彼の3ポイントシュートが飛躍的に進歩し、試合の流れを変えるシュートを確実に決める場面が多くなりました。また、ディフェンスにも積極的に取り組み、平均1.4スティールを記録。彼のリーダーシップも試合で発揮されるようになり、チームを勝利に導く存在として成長していきました。
3年生シーズン(2014-2015)
この年には更に成長し、平均17.4得点、5.4リバウンドを記録。 オクラホマ大学はバディの活躍もあり、NCAAトーナメントでスウィート16まで進出。 この時期から彼の技術がますます注目され、特に終盤での決定力が他の大学の選手にも知れ渡り、試合を支配する選手としての地位を確立していったのです。
4年生シーズン(2015-2016)
4年生シーズンは、バディ・ヒールドの大学キャリアの集大成でした。 このシーズン、バディは平均25.0得点を記録し、フィールドゴール成功率50%、3ポイント成功率も約46%という圧倒的な成績を収めたのです。特に3ポイントシュートの成功率は逸脱で、毎試合4本以上の3ポイントを成功させるペースで得点を重ねていました。
オクラホマ大学はこのシーズン、バディの大活躍によりNCAAトーナメントでファイナルフォーに進出し、全米中の注目を集めました。 ファイナルフォーを決めた試合後、バディは涙を流しながら「ここまでチームを引っ張ってこれたのは、支えてくれた仲間やコーチ、家族のおかげだ」と語り、彼の謙虚で情熱的な一面がさらにファンの心を熱くさせました。
このシーズンの活躍により、バディはジョン・ウッデン賞、ジェイムズ・ネイスミス賞など、大学バスケットボール界の個人賞を総なめしました。また、「NCAAの最も注目される選手」としてもNBAスカウトとしても非常に高い評価を受け、プロ入りが確実視される存在となったのです。
NBAデビューとキングス時代
2016年、ニューオーリンズ・ペリカンズに1巡目6位指名されたバディ・ヒールド。1年目はペリカンズでプロの洗礼を受けながらも、リーグに適応していき、平均8.6得点、2.9リバウンド、1.4アシストを記録しました。しかし、シーズン途中で大きな転機が訪れます。シーズン中でのサクラメント・キングスへのトレードです。このトレードは当時、キングスがスターセンターのデマーカス・カズンズを放出するという衝撃的な内容だったので、バディへの注目は微々たるものでしたが本人は当時の経験を「ショックな出来事」として後に語っています。
心機一転で移籍したキングスでの残りのシーズンは、適応期間が必要でしたが、翌年以降は急成長を見せ、2018-2019シーズンは平均20.7得点、5.0リバウンド、2.5アシストをマーク。 特に3ポイントシュートの成功率が42.7%とトップクラスの数値を誇り、リーグを代表するシューターとしての自信を深めました。 彼は「このチームは僕を信じてくれている。それがパフォーマンスに現れていると思う」と当時の喜びを語っています。
キングス時代は5シーズンに渡り、安定した得点源としてチームを支えました。 特に2020-2021シーズンには1試合で11本の3ポイントシュートを決めるなど、驚異的なシュート力を発揮しています。キングスでのキャリアハイは42得点で、うち14本のフィールドゴールが3ポイントという記録的なパフォーマンスを見せ、チームのファンからも絶大な支持を受けました。
2度目のシーズン途中での移籍
2021-2022シーズン途中、バディはインディアナ・ペイサーズに移籍。キングスがチーム再建に入った為、彼のシューターとしてのスキルを求めていたペイサーズが新たな舞台となりました。ペイサーズでは、平均15.6得点、4.4リバウンド、 2.8アシストと安定した活躍を続け、ベテランとしてチームの若手にも良い影響を与えました。 ペイサーズのリック・カーライルHCも「バディはチームに安定感をもたらしてくれて、彼のシュート力はどの試合でも強力な武器になる」とコメントしています。
3つのチームで計7シーズンを過ごしたバディですが、この頃周囲は「『勝てるチーム』でプレーしたことがない。当時のキャリア通算で16.1得点、4.4リバウンド、2.6アシスト。3ポイントシュート成功率は40.2%で、39%を下回ったのは途中で移籍を経験した2021-22シーズンだけ。間違いなくNBA最高のシューターの一人としてのスタッツを残しているにもかかわらず、彼はこれまでプレーオフの試合に出場したことが一度もない」と、彼のキャリアを評していたのです。30歳でポストシーズンの経験がないのは本人も屈辱であり、選手であれば誰しもが願う夢舞台だったのです。
フィラデルフィア・76ersでの短期決戦
その後、76ersにトレードで移籍したバディ。エンビードやハーデンといったスター選手が揃った76ersでは、主にシューターとしての役割に徹し、1試合平均9.8得点、3.2リバウンドを記録しました。コーチからはスペシャリストとしての力が求められており、特にディフェンダーを引き付ける役割を担い、エンビードやハーデンがスペースを広く使うための貢献をしました。 彼自身も「76ersでの経験は短かったが、エリート選手たち「遊ぶ中で学べたことが多かった」と話していますが、残念ながら彼本来の得点力が活かされるチームではなかった為、シクサーとしてのキャリアは短いものとなりました。
ウォリアーズへの移籍とその意義
そして2024-25シーズン開幕直前、バディ・ヒールドはウォリアーズへ移籍しました。 この移籍はリーグ全体にも衝撃を与え、特に「3ポイント革命」の象徴であるウォリアーズにおけるバディの起用法に注目が集まりました。ウォリアーズはステフィン・カリーとクレイ・トンプソンというシュート力に定評のある選手が揃っていたのと、その中核のトンプソンが移籍したため彼に変わるシューターを渇望していたウォリアーズはバディに大きな期待を寄せていました。
ヒールドも移籍について「ウォリアーズは自分の夢の一つだった。ここには偉大なシューターが活躍しているし、僕もその一部としてチームの勝利に貢献したい」と意気込みを語っている。HCのスティーブ・カーも「バディのシュート力はチームにとって貴重な武器。スペーシングを広げ、彼が新たなオフェンスの鍵になることを期待している」とコメント。戦術の多様性を持つことができると予想されています。
シーズン序盤ながらバディはウォリアーズのシステムに適応しつつあり、平均得点が約19点、3ポイント成功率が既に平均40%を超えるなど、かなり安定した活躍を見せています。 ファンも「ウォリアーズのスタイルにぴったりな選手 」とこの移籍を歓迎しており、彼のパフォーマンスがチームに新しい風を吹き込んでいます。
バディ・ヒールドとステフィン・カリーの類似性
1.優れた3ポイントシュートとスタイル
最も顕著な類似点は、3ポイントシュートの能力です。 カリーと同様に、ヒールドも非常に優れた3ポイントシュート力を持ち、速いリリースと高い成功率を誇っています。成功率は約40%に達し、カリーに匹敵するほどの水準を示しています。
カリーはNBAの3ポイント革命を牽引し、外角シュートが攻撃の中心になるスタイルを作りましたが、ヒールドもその「3ポイント世代」の代表選手の一人です。シュートでディフェンスを引きつけ、カリー同様に外からの得点で試合の流れを変える力を持っているのです。
2.ボールを持たないときの動き(オフボール動き)の巧みさ
ヒールドもオフボールでのムーブに非常に優れており、シュートポジションを賢く確保するのが得意です。 スクリーンを利用してフリーになる技術や、カットインから外へ抜ける動きなど、カリーに近いスタイルのため、ディフェンスにとって彼のマークは非常に厄介で、どの位置からでも一瞬の隙で3ポイントを狙える危険なシューターなのです。
3.勤勉さと努力の姿勢
ヒールドとカリーには、練習において非常にストイックで努力家であるという共通点もあります。 カリーは常に「シューティング・ドリル」を繰り返し、厳しい自己鍛錬でスキルを磨き続けてきた選手です。 早くからジムに入りシュート練習を繰り返すなど、コート外での努力を惜しまないことで知られています。
バディはカリーに対して「シュート力はもちろん、彼の練習への姿勢にはいつも感銘を受けている」と言っています。 ヒールドもカリーを尊敬する選手の一人であり、プロ入りも彼を目標に、射撃精度を磨くためにな努力を積み重ねました。
4.チームにスペーシングを提供する能力
カリーがコート上にいることで、相手のディフェンスは常に外に引き付けられ、チームが得点しやすい環境が生まれます。この「スペーシング」の効果はヒールドも備えており、チームにとって重要な要素です。彼がフリースペースを見つける動きをすることで、相手の守備が彼に集中し、ペイントエリアが開き、他の選手が得点しやすくなるシーンが多く生まれます。
この点についても、カリーとヒールドは非常に似ているため、特に今シーズンのウォリアーズでのヒールドの役割が期待されています。 カリーと同じチームでプレーすることで、相乗効果が生まれウォリアーズの 「3ポイントによるスペーシング」がさらに強力になる可能性があります。
背番号の由来
キングス、ペイサーズ時代のバディ・ヒールドの背番号「24」には、彼のバスケットボールへの深いこだわりが込められています。この番号の由来は、彼が幼い頃から憧れ続けてきたNBAのレジェンド、コービー・ブライアントです。コービーは、バディが成長期に最も影響を受けた選手で、特にその練習に対して情熱やストイックさ、負けん気の強さを評価しているのです。 彼は「コービーの背中を追うことで、自分も彼のようなプレイヤーになりたいと思っている。 24番は私にとって特別な番号なんだ」と語っています。
コービーのように常にベストを尽くし、最後まで諦めない精神がバディのプレースタイルや努力に大きく反映されていると、彼を知る人々も口を揃えます。そしてシュートの精度の高さは、コービーを彷彿させるところがあると多くのファンが感じているのです。
私生活での趣味とバハマ愛
コート外では、バディ・ヒールドは意外にも陽気でリラックスした性格で知られています。 彼の趣味の一つは、地元バハマのビーチでリラックスすることや、釣りなどのアウトドア活動です。彼はバハマで育った事を誇りに思っており、オフシーズンになると毎年故郷に戻って自然を満喫する時間を大切にしています。 「気が落ち着く」と語り、常にバハマの美しさや文化を大切にしていることがわかります。
また、彼は地元の料理にも愛着を持っており、バハマ料理を楽しむことが一番の癒しといいます。 地元のスパイシーなシーフード料理や新鮮な果物が好物で、インタビューでも「バハマ料理には目がないんだ」と言い、彼の友人たちは「バディは料理へのこだわりがあって、時々自分でもバハマ料理を作ってみんなに振舞ってくれる」と笑顔で語っています。
仲間たちとの友情と尊敬
バディは周囲の人々との友情も深く大切にしています。 特にNBAで仲良くなった選手たちとの関係は、お互い重要な存在となっています。 サクラメント・キングス時代のチーム、ディアロン・フォックスとは特に親しい関係で、フォックスも「バディはチームを盛り上げてくれるメーカー。コート外でも信頼できる友人だ」と語っています。フォックスとはオフシーズンに一緒にトレーニングをすることも多く、お互いに技術を磨いていく関係を続けています。
また、ベテラン選手との交流からもプロとしての意識を学んでいます。76ers時代にはジェームズ・ハーデンやジョエル・エンビードからアドバイスを受けることが多々あり、特に「試合の準備やメンタル面でのアプローチについて多くを吸収した。ベテランのみんなと一緒にプレーすることで、僕も次のステップに進むことができたんだ」と、彼は振り返っています。
終わりに
バディ・ヒールドは、バハマからアメリカ、そしてNBAという大舞台で、幾多のチームを渡り歩きながらも、その3ポイントシュート力とプロフェッショナリズムで成功を収めました。 ウォリアーズでの新たな挑戦は彼のキャリアの重要な1ページとなることでしょう。彼の挑戦はまだまだ続き、ファンも彼が新しいステージでどんな活躍を見せてくれるのか期待を膨らませています。